menu

剣が花に沈むとき -マーロウのはなし

俺は一度だけ、父に連れられてフォードギリア王国に来たことがあった。
決して観光ではなく、俺達が怨むべき騎士を一度は見ておけということだったのだが、俺からすれば初めての遠出だったのだ。
その頃の俺は一度も里を出たことが無くて、当然フォードギリア王国以外の国にも行ったことがなかったからとにかく周りにあるものすべてが輝いて見えた。

その日はちょうど国を挙げてのパレードが行われていた。
と言うより、それに合わせて父が俺を連れて来たんだろう。
パレードの時には騎士たちが挙って出るということだったから、騎士たちを一目見るにはちょうどよかったんだと思う。

パレードと言うだけあって、凄まじい人だった。
近隣の国からも来客も少なくないらしく、そのせいもあってかいつもならもっと厳重らしい国境の出入りも簡単に済んで、俺達が疑われるようなことは一切なかった。
ただ何度も言うが俺にとってこれは初めての旅で、ついでに言えばこんな大勢の人間を見るのなんてのも初めてだったから、かなり緊張していたし、浮かれていた。

人混みのなか父について行くというのは当時の俺にはかなりの難題で、案の定俺は入ってすぐに父の姿を見失ってしまった。
どこを向いても見知らぬ人間ばかり。
しかもこんな道のど真ん中でのんびりと突っ立っていれば誰かしらにぶつかってしまう。

――こんな祝いの日に、俺みたいな子供気にしてくれるような心優しい人間はここにはいなかった。
父や里の人たちはとにかく騎士を見て来いと口を酸っぱくして言って来たのだが、俺はもうこの場に居るのが恐ろしくなってしまったのだ。
とにかく人の少ない所にいこうと、俺は人を掻き分けなんとか人混みを抜け出た。
人の疎らなそこで一息ついて、流れゆく人を眺めながら、これからどうやって父と合流しようかと考えていたときだった。

「――迷子か?」

俺より幾つか年上だろうか、それでもまだ子供と呼べるくらいの少女が、俺の前に立ち止まって言った。
――まさか、俺に言っているのだろうか。
考えあぐねて思わず首を傾げていると、少女はしつこく俺に話しかけていた。

「この辺じゃ見ない顔だな。パレードを見に来たのか。父親か母親は一緒じゃないのか?」
「あっ……えっと、父さんと、はぐれちゃって……」
「やっぱり迷子だ。よし、私が探すのを手伝ってやろう!」

少女は俺の腕を取ると、そのままずんずんと歩き出した。
一体どこに連れていかれるのだろう。
不安こそあったものの、やはり同年代ということと俺のことを気にかけてくれた初めての人間だったということで、俺はそのまま彼女の言いなりになったのだ。

「お前の父親はどんな見た目だ? 背は高いか? 髪の長さは? ヒゲは生やしているのか?」
「えっと………」
「うーん、人が多すぎて探すにも探せないな……。もし途中で見つけたら言うんだぞ?」
「う、うん……」
「もっと辺りが見渡せるところに行ければいいんだが……あっ!」
「えっ」

なにか見つけたような声を上げたかと思えば、彼女は俺の手を引いたまま走り出してしまった。
俺は抵抗できずに、そのまま彼女に腕を引かれて走った。
彼女は何を思ったか人混みの中に突っ込んでいくと、人を掻き分け進み――人混みの最前列までやって来たしまった。

「よしっ、来たぞ!」
「え?」

――その時、わあっと歓声が一際大きくなった。
思わず驚いたが、周りを見渡せばだれもがある一点を見ているのに気付いて、俺も倣ってそちらを向いた。

まず見えたのは、大きな馬だった。
何頭もの巨大な馬が列を成して歩いている。
そしてそれを大人しく乗りこなしている、立派な鎧を着た男たち。
後列の方に居るらしい音楽隊のラッパや太鼓の音。
がちゃがちゃと音を立てる鎧や鞍はどれも細かい装飾が施されていた。
これだけの人数だというのに、馬と彼らは誰も列を乱すことなく規則正しく進んでいった。

白銀の鎧に反射した太陽光がきらきらと辺りに輝き、とても眩しかった。
それでも俺はそれも構わずに、食い入るように彼らに見入っていた。

それが騎士なのだと、俺は初めて見たにも関わらずすぐに分かった。
勿論、辺りの人間が一斉に騎士がやって来たと騒いでいたというのもあったが、父に何度も聞かされた彼らの特徴をとても一致していた。
重々しい鎧を身に纏い、マントを翻し、そしてその腰にある剣を容赦なく振るう者たち。
――父は彼らを、恐ろしい存在だと言った。
父が見た騎士の話は、もう何度も聞いた。
魔法使いたちの血にすっかり濡れそぼりながらもその眼光の鋭さは衰えず、淡々と魔法使いを薙ぎ払うその姿は、まるで悪魔だと父は言った。
里の人間はそんな話ばかりするものだから、俺はすっかり騎士とは怖いものだと思い込んでいた。
だが、そんな考えは、完璧に打ち壊されることとなった。

確かに、あんな重そうな鎧を着て、大きな刀を持っている彼らは、もし敵になったら俺なんて一溜りもないだろう。
だけどそれよりも――そんなことよりもずっと、俺の目に彼らはかっこよく映ったのだ。

荒々しい馬をその腕で押さえつけ、優雅に目の前を歩きぬけるその姿はなんとも凛々しかったのだ。
俺が呆然と彼らに見入っていると、俺の腕を掴んでいた少女はようやっと俺の方を向いた。

「お前も見えるか? ほら、あの先頭にいらっしゃるのが騎士団団長だ!」

少女が指さした先――先頭で馬を走らせていた、一際厳格な雰囲気を待とう男が居た。
団長、と言われて納得する。
確かに誰よりも強そうに見えた。

「かっこいいなあ……! 私もいつかっ、あんな風な騎士になるんだ! お前もそうか!?」
「えっ、俺!? 俺は……」

俺は――違う。寧ろ、いずれはその騎士を殺すために……。
そんなことをこの少女の前で言えるはずもなかった。
しかしつい口籠る俺に興奮している彼女が気が付くはずもなく、パレードに夢中になっている。

「こっちの方がよく見えそうだな! よし、行こうっ」
「ちょっ、まっ……!」

少女が更に人混みを掻き分けていく。
よく考えればついて行く必要はなかったのだけど、咄嗟に彼女を追いかけようとした時、やって来た大人がぶつかってきた。

「っ……!」

少女は俺に気が付くことなく、どんどん進んでいく。
少女の姿が人ごみに消える。思わず手を伸ばした時、その手を掴んだものがあった。

「何をしてるんだ」
「あっ……と、父さん」
「面倒をかけさせるな」

父は乱暴に俺の手を引っ張って、人波から引きずり出した。
少女の姿はとっくに見えなくなっていった。俺は思わず、未だパレードに盛り上がっている人混みを眺めた。

「……その様子だとパレードの列に流されたか。騎士は見られたのか?」
「は、はい……」
「ならいい。……あれがお前の恨むべき相手だ。覚えておくんだ」
「……はい、父さん……」

目を瞑れば今でもはっきり思い出せる。あの騎士たちの、立派な姿……。
そして、俺を引っ張ってくれたあの少女のこと……。

次に俺がここに来るときは、俺が騎士たちを殺しに来るときなのだろうか。
父に引き摺られながら、俺はあの少女に思いを馳せた。


2019/08/17

もし使えるようならおまけにでも使ってくださいと渡すつもりだったんですが、よく考えたら幼少期とか立ち絵とかどーすんだ? と自主的にボツったやつです。本編にどうにか捻じ込むべきだったなと反省……。
▲top