menu

ナイトオブツインズ―memorandum of his― sideファイ

  ――その人に初めて会った時、ああ、なんて面倒なんだという想いしかなかった。

 国王の側近の騎士である父に紹介されたのは、自分と同じ年頃の少女だった。正真正銘、この国の姫様。そろそろ年頃になりお付の騎士も必要だろうと、だったら歳が近い方が仲良くなれるんじゃないかと俺たちが抜擢されたのだと父が言っていたが、そんなことはどーでもよかった。
 どうして俺がそんなことをしなきゃいけないんだが。そもそも俺はフェルと違って騎士になる気なんかこれっぽちもないのに――なんて言う訳にはいかず。

 俺は国王様に後ろに隠れるその少女を見た。――見たまんま、お姫様という印象だった。高そうなドレスはふわふわしていて、髪の毛一本まで丁寧に世話されているんだろうなというほど洗練されていて、自分とは立場が大違いなことが分かる。
 護衛って言ったって、子供の俺たちに大したことができるわけでもなし、本命は「歳が近い方が仲良くなれるんじゃないか」という方なのだろう。つまるところ、このお姫様の遊び相手になってやれって話だ。こんなに馬鹿馬鹿しいことってある?

 だけど、フェルはそれに気付いているのかいないのか、あのお姫様にすっかり夢中になっているようだった。……ああ見えてフェルは、自分へも他人へも理想が高い人間なので、このお姫様についても何か一方的な想いを抱いているんだろうけど。
 ま、でも俺には関係あるまい。この調子ならフェルの方が勝手になんとかしてくれるだろう。だったらフェルに任せてしまおう。俺はこういうのは向いてないし、そもそも、何度も言うようだけど、俺は騎士になるなんてまっぴら御免なのだ。

 そんな風に父にお姫様を紹介されてから、暫くが経った。
 俺たちも普段は学校もあるので、四六時中お姫様に付いてるわけじゃない。ますます護衛なんて名分で、嫌になる。
 フェルの奴は一日でも早くお姫様と仲良くなるためか毎日のようにお城に通ってるみたいだった。俺はそんなことする気には到底なれなかったのだが、父に言われてぼちぼち行くようにしていた。

 お姫様は、未だに俺たちには慣れていないみたいだった。……当然と言えば当然だけど。
 会うたびにお姫様は怯えるような視線を向けて来る。俺はそれが嫌で堪らなかった。恐がられて気分がいいわけがない。そうやって怖がっていれば誰かが助けてくれるとでも言うのか。……根っからのお姫様気質みたいだ。嫌になって来る。

 父にお姫様に会いに行けと言われたある日、気乗りのしなかった俺は少しでもお姫様と会う時間を少なくしたくてわざと遠回りをしようと、城の庭を通ってお姫様の部屋に向かっていた。

(………あれ、お姫様?)

 だけど、その道中。
 お庭にある大きな木の下。そこに彼女が居た。最初は見間違いかと思った。でも、あんな豪華なドレスを着るのはあのお姫様くらいしか居ない。
 何でこんなところに、と俺は首を傾げた。お姫様は何やら木を見上げている。……何をしているんだ? 探し物をしているようにも思えるけど……。

(――って、えっ!?)

 何となくお姫様の様子を窺っていると、お姫様は木の幹に抱き着くようにすると、足を掛け、なんと木を登り出そうとしているではないか!

「ちょ、ちょっと! 何してんのっ!?」

 慌ててお姫様に駆け寄る。――お姫様はまさか自分以外の人間が居るとは思っていなかったのか、俺の声に驚いて振り向くと同時に手を離してしまったらしく、大した高さではなかったがそのまま地面に落ちた。
 や――ヤバいヤバいヤバいって! これでお姫様が怪我したりしたら怒られるのは間違いなく俺だ! 俺は大急ぎでお姫様を起き上がらせた。

「だ、大丈夫……ですか? 怪我は?」

 お姫様はふるふると首を横に振った。痛い、というよりは落ちたことにビックリしているのか未だ呆然としているようで、とりあえず大きな怪我はなさそうなので俺も安心する。
 だけど、お姫様はふいにはっとして、自分の胸元を抑えた。――えっ、まさか、どこか痛いとか!?

「ど、どうしたんですか……って、え?」

 お姫様が手を離すと、そこに居たのは鳥だった。と言ってもまだ雛のようで、本当に小さく、お姫様の両手で容易に抱えられるくらいの大きさしかない。
 な、なんで急に鳥がお姫様から……? そう思っていると、お姫様は空を仰ぐようにした。つい俺もその視線の先を辿って――

(―――あ。あそこに、鳥の巣がある……)

 ちょうどお姫様が登ろうとしていた木には、鳥の巣があった。……お姫様が抱えている雛と、この鳥の巣と。導き出される答えは一つだけど、でも……そんなのは、ありえない。けれど、もしかしたら、本当に――

「……まさか、その雛をあの鳥の巣に戻そうとして?」

 ――図星だったのか、お姫様の身体がぎくりと強張る。お姫様は何とか誤魔化そうとしたけれど、でも無理だと悟ったのか、やがておそるおそると言った風に頷いた。
 そんな。どうして。……俺の頭そんな言葉でいっぱいだった。だって……そんなの、少なくともお姫様がやるようなことじゃない。せめて誰か人に頼むとか。お姫様って言うのは、そういうものの筈だから。

 でも。――俺は見たんだ。この人が木に登ろうとしたところを。そして落ちたところも。
 お姫様はもう俺から興味を無くしたのか、頭上の鳥の巣を睨んでいる。お姫様は雛を自分のドレスの胸元にしまい込むと、また立ち上がって――

「って、まだやるの!?」

 思わず声が出てしまった。いや、でも当然の反応だと思う。
 だって言うのに、お姫様はさも当たり前だと言わんばかりに力強く頷いて。
 ……なんて人だ。めちゃくちゃだ。
 頭が痛くなった。だけど、今はそれより考えなくちゃいけないことがある。

「わ、分かった。分かった……俺がやるから、お姫様は下がってて」

 ――そう。とにかくこんなこと、お姫様にさせるわけにはいかないんだ。
 俺の提案にお姫様は心底驚いたようだった。俺にそんなことさせられない、と首を横に振る。いやそれこっちの台詞だからね……。

「お姫様に怪我でもされたら困るから。貸して」

 お姫様は暫く悩んでいたけど、それでも自分よりは俺の方が木登りも上手かろうと判断したのか、おずおずと雛を差し出して来た。俺はそれを胸ポケットに収めると、さっさと目当ての木に登り始めた。
 木登りはけっこうやったこともあったので、それほど苦労はしなかった。お城の木が立派だったってのもあって登りやすかったし。俺はあっさりと雛を巣に返すことに成功したのだ。

 再び地上に戻ると、お姫様は目を輝かせて俺に拍手をした。……なんとなくそれが気恥ずかしくて、俺はお姫様から視線を外した。

「……もう、ああいうことはやめなよ。お姫様なんだからさ。騎士とかさ、誰かに頼みなって……」

 そう言えば、フェルや父がお前は口が悪いと煩いのでお姫様の前では特に気を付けていた敬語も、いつの間にか消えていた。俺もそれどころではなかったとは言え……その上、こんな失礼なことを。……言ってから激しく後悔した。
 俺はお姫様の様子を窺った。そこに居たお姫様は……案の定と言うか、怒っていて。ああ、これでとうとう俺もお付を外されるのかな、と。元々はそれを望んでいたくせに、でも実際そうなってしまうと寂しい気もしつつ、気まずさから俺が足元に目線を落とすと――

「……知らない。わたしは別に、おひめさまじゃないから」

 ……えっ、いや、そっち?
 俺は慌てて顔を上げた。お姫様は頬を膨らませて、ぷいっとわざとらしく俺から顔を背ける。

「いや、お姫様じゃん……」
「知らないっ。わたしは好きでおひめさまになったんじゃないもん。……わたしはこんなこと、したくない」

 ――姫様の言葉に、どきりと心臓が高鳴った。
 望んでお姫様になったんじゃないと言う少女の言葉は、嫌と言うほど聞いた響きだった。だって、それは……。

「“きし”なんていらない。わたしは、ずっとおともだちがほしかったの……」

 この国の王の娘として生まれたから、たったそれだけの理由でお姫様になった少女。
 代々騎士の家系に生まれたから、たったそれだけの理由で騎士になるよう言われ続けた自分。

 ……そうか。俺と一緒なんだ。
 俺が騎士になりたくないのと同じように、彼女だってお姫様であることを辞めたいのだ。重苦しいドレスを着せられて、作法だ教養だと椅子に縛られて、騎士だか侍女だか知らないけど大勢の大人たちに囲まれて……。
 俺がお姫様だなんてそんなもんだろうと勝手なイメージを押し付けるみたいに。彼女はそれが嫌で嫌で堪らないんだ。

 少女は今にも泣き出さんばかりに顔を歪めて、それを耐えるようにドレスを握りしめている。その手は震えていて、彼女が今までどれだけ窮屈な生活を強いられていたのかを思い知った。
 友達は居なくて。お姫様だからと身に覚えのない責任を背負わされて。……よっぽど辛かろうに、それでも彼女は泣こうとしない。きっと、分からないなりに、お姫様であろうとしているから……。

 気が付くと俺は彼女に跪いていた。
 自分でもなぜそうしたのか分からない。だけど、無性にそうしたいと思ったのだ。
 俺は目を丸くする彼女の手を取った。俺が触れると彼女の小さな手はピクリと跳ねた。

「じゃあ、俺が姫様の友達になってあげる」

 それでも、お姫様から逃げないという君の。
 せめてもの、逃げ場になってあげたいと思った。寄り添ってあげたいと思った。……一緒に頑張りたいと思ったのだ。

 震えが止まる。大きな目がパチパチと瞬いて、だけど俺がその眸を見つめ続けていると、「ほんとう?」とか細い声が帰って来た。

「ほんとうに、わたしのともだちになってくれる?」
「うん。俺は姫様の騎士だから傍にいるんじゃなくて、友達だから隣にいてあげる」
「ぜったいに? うそじゃない?」
「嘘じゃない。俺はずっと、姫様と一緒だよ」
「………やくそくだよ?」
「うん。約束」

 俺が頷くと、姫様はぱっと顔を明るくして。――俺が頑張る理由なんて、それで十分だったのだ。

 この国の平和を守るために、とか今まで父にさんざ聞かされてきた騎士の心構えは、俺にとってはどうでもよくて。要するに俺は見ず知らずの人間のために頑張るのが嫌で仕方なかったのだ。だから俺はただ、この人を守るために強くなろうと思った。強くなりたいと思ったのだ。

 それからは今まで適当にやって来た勉強も頑張って、どうにかこうにか姫様の騎士として相応しくあるよう努力した。それでも鍛錬ばっかじゃ飽きるから、たまに姫様を連れてこっそり城を抜け出して遊びに行ったり。その度にフェルには怒られたけど、そんな頭ごなしじゃ姫様だって疲れちゃうと思うんだよね。フェルってば頭固いからなー。
 まあ、フェルの方もずっとそんな真面目な感じで、俺たちは結局それから先も二人で姫様の護衛に付き続けるのだけど。



 隣に立つフェルはしっかりと紅茶の用意をしていて、騎士って言うよりほんと執事だよなーと思う所までが日常だ。姫様が求めているのはそういう忠誠心じゃないと思うんだけど、その分俺が優しくしてあげればいいか。
 律儀に姫様の許しを得てからじゃないと部屋に入ろうとしないフェルを押し退けて、俺は姫様の部屋の扉を開ける。

 いつもの様子で布団に包まってる、俺の大好きなお姫様。
 姫様は相変わらず俺を友達だと思っているのかもしれないけど、俺の方はいつの間にかその想いはほんの少しだけ形を変えていて。
 ま、俺は今日も姫様と一緒に居られるなら、なんだっていいんだけど。

 ベッドに近付いて、そっと彼女の頬を撫でる。
 願わくば、明日もこうして君の目覚めを見届けられますように。
 そのためならば、きっと、俺はなんだってしてみせる。

「おはよ、姫様。……目、覚めた?」


2018/03/15

▲top