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ナイトオブツインズ―memorandum of his― sideフェル

 ――その人に初めて会った時、ああ、自分はこの人に出会うために生きていたのだと思った。

 国王の側近の騎士である父に紹介されたのは、自分と同じ年頃の少女だった。正真正銘、この国の姫様。そろそろ年頃になりお付の騎士も必要だろうと、だったら歳が近い方が仲良くなれるんじゃないかと私たちが抜擢されたのだと父が言っていたが、そんな言葉はいっさい耳に入って来なくて。
 父である国王様の後ろに隠れ、恥ずかしそうにこちらを窺うその人。――まるで、おとぎ話に出て来る姫様のようだった。赤らんだ頬、上目遣いに私たちを見る大きな瞳、ふわふわとした髪に淡い色のドレスはとても似合っていて、そこから伸びる手足のなんと細く、白いことか。

 自分が脳裏で描いていたお姫様そっくりだったその人に、言ってしまえば、私は一目で恋に落ちたのである。

 父に憧れ、父のような立派な騎士になりたかった。その為にずっと鍛錬を重ねて来た。ファイを含む同年代の少年たちが遊びに興じるのを横目に、私は一人黙々と勉強をしたり、剣を振るったりしていた。
 別に苦ではなかった。父みたいな騎士になるのが夢だったから。――だけど、さも私が可哀想な子だと言わんばかりの目をファイが向けて来る度に、腹が立つことはあった。そんなことしたって何になるんだと言う自分の双子を、思い切り殴りたくなったことはあったけど。

 ああ、見てるか、ファイ。その努力の結果が、これだ。これなんだ。
 無駄ではなかったのだ。――神は私を見捨てはしなかった。だって、こんなに素敵な姫様を私に授けてくれたのだから。

 一つ悔しいのは、今まで大した努力もしてないファイが双子だからと言う理由で一緒に姫様の護衛を任されたことだろうか。
 信じられないことにファイはこんな大役に気乗りしないらしいが、それならそれでよかった。この調子ならファイはきっとそう遠くない内に姫様のお付から外されるだろう。そうすれば姫様の護衛は私ひとりになる。だったら大した問題じゃない。

 それから、私たちは姫様と一緒に居る時間が多くなった。
 姫様と出会ってから暫く経ったけど、姫様は未だ私たちに慣れていないらしい。未だに顔を合わせるとに少し怯えたような視線を向けられる。それは少し寂しかったけど、仕方ない。時間を掛けて心を開いてもらうしかない。それにびくびくとこちらを見上げて来る姫様の様子は庇護欲をそそるものがあって、ますます私の理想の姫様らしくて嫌ではなかったし。

(……とは言え、会うたび会うたびに怖がられるのは、あまりいい気はしないな)

 私たちもまだまだ未熟、学校もあるから、お付と言ってもまだ四六時中姫様と一緒ということではなかった。だけど少しでも早く姫様に慣れてもらうために、学校が終わると同時に私は毎日城へ通って姫様と話すのを日課にしていた。
 今日もそのつもりだった。もうすっかり顔見知りなので門番の騎士はいつものように私を中に入れてくれて、私は姫様のお部屋に向かおうとした。ここからだとちょうど姫様の部屋の窓が見えるので、それを見上げて――

(………あれ?)

 なんと、そこには、窓から大きく身を乗り出す姫様が居るではないか。――私は慌てた。姫様の部屋は上の階にあるので、もしうっかりそこから落ちたりしたらけっこうな高さだからだ。

「ひっ……姫様! 何をなさっているんですか!? 危ないですよ!」

 私の口から出て来たのはそんな稚拙な警告だった。しかし、姫様にはそれで十分だったらしい。
 窓から身を乗り出しながらも、何故か後方――自分の部屋を気にしているらしい姫様だったが、私の声にびくりと身体を跳ねさせ、こちらを向いた。

 だけど、それがいけなかったのだろうか。
 私の声に驚いた姫様は、そのままバランスを崩して――ずるりと、姫様の身体が窓から滑り落ちる。姫様の慌てた顔が見えたのはほんの刹那のことで、次の瞬間には姫様の身体は落下を始めていた。

「姫様!!」

 姫様のドレスが大きく翻る。それで我に返った私は咄嗟に地面を蹴った。無我夢中で姫様の落下地点と思しき所まで駆けて――

「…………ッ!!」

 上から何かが落ちて来た衝撃をどうにか受け止めたものの、すべてを殺しきることはできず、私はその場にひっくり返った。
 目の前は真っ白い何かでいっぱいになっていて、それが姫様のドレスだと気が付くまでにはそれなりの時間を要した。私の上にはしっかりとした重みがあった。痛みよりも、息苦しさの方が勝る。――それでも私は、なんとかそれに問いかけた。

「ご……ご無事、ですか、姫様……っ」

 目の前の白い塊が跳ね上がった。自分の状況――私に受け止められたということ――を理解したのか、姫様はようやくこちらを向く。……とりあえず、この様子だと大きな怪我はないらしい。一安心だ。

「あ……あ……ふぇ、フェル……?」
「はい……。どうにか、間に合ったようで……よかった、です」
「そ、そんな……ど、どうして?」

 真っ青な顔で、姫様は私を見る。――姫様がずっと私の上に居るとそれなりの圧迫感があるので早くどいてくださらないか、とも思わなかったが、それよりもその時の私は“姫様を守り通した”自分に酔いしれていたので、何故と問うた姫様に自慢げに微笑んでみせた。

「当然です。私は……姫様の、騎士ですから」

 自分は今までこのために鍛えていたのだと言う確かな手応えがあった。――そうだ。私は、この身を挺して姫様を守ってみせたのだ! ああ、これで父に一歩近付けただろうか。姫様は、王は、私を褒めて下さるだろうか。……なんて、私は呑気に笑っていたのだけど。
 私の言葉を聞いた姫様ははたと動きを止めたが、暫くするとその顔をぐしゃりと歪ませて。えっと思った時には――姫様の眸から、大粒の涙が零れ落ちていた。

「そっ……そんなのやだ!」
「え……」
「わたしが平気でも、フェルがケガしたらやだよ! そんなの、絶対に嫌!!」

 ――この人は、一体なにを言っているのだろうと、一瞬理解できなかった。
 唖然とする私に反して、姫様はますます大泣きし始める。姫様は私に抱き着いて、わんわんと声を上げたのだ。

「フェルが死んじゃうなんてっ、そんなのダメなの! フェルっ、死んじゃいや~~~~っ!!」

 姫様の大声に城中の者が集まって来たのはそれからほんの数分後のことで。その間も私は、ただ自分にしがみ付きながら私の怪我を嘆くその姫様の行動の意味を受け止め切れずにいた。

 やって来た城の警護の騎士たちや侍女たちがどうにか私と姫様を引き剥がし、一向に泣き止まない姫様の代わりに私が事情を説明した。そうすると私は城に在中している医者の所に連れていかれたが、私はほとんど痛みを感じていなかったし、彼もそう判断したらしい。痣くらいはあるだろうが、日常生活にはまったく支障がないものだった。
 そしてそれは、姫様にもすぐに伝えられたらしい。姫様は侍女たちに連れられて私の所にすっ飛んできた。そうして医者が直接、姫様に私が無事であることを告げると、ようやく泣き止んでいたのだろうその眸をまた涙に濡らすのだった。

「わたしの“きし”だからって、わたし代わりにフェルが痛い思いをするなんてのは、わたしはいやだよ……」

 姫様は、涙を拭いながらそう言った。――こんなに姫様が私に明瞭に話しかけてくれるのは、この時が初めてだったかもしれない。

「フェルがまた危ないことをするなら、わたしは“きし”なんていらない。わたしは、フェルにそんなこと、もう二度としてもらいたくない……」

 ……ああ、そうか。この人は、私のために泣いているのか。
 私はようやくそのことに気が付いた。――この人は。このお姫様は。たった一人、私のためを想って、泣いている。

 それが分かると、とたんに胸の奥が熱くなった。……知らない感情だった。痞えのような苦しさ……身体の奥底でなにかが燃えるような……そんな感情。だけど不思議と不快ではなかったし、私は“これ”を、一生大事にしたいと思った。
 私は乱暴に目を拭う姫様の手を取った。――涙に濡れる姫様の手は少し冷たくて、小さくて、でもとても柔らかかった。

「……姫様、フェルは誓います。もう二度と、貴方をそんな風に泣かせないと」

 私はその場に膝をつく。姫様は不思議そうに私を見た。姫様の眸は涙のせいできらきらと輝いていて、瞬きを一つするたびに星が瞬くようだった。

「必ず誓います。ですから……どうか、私を貴方の騎士で居させてください。貴方に仕えさせてください。貴方を悲しませるものすべてを……私は、一生を掛けて取り払って差し上げたい」

 そもそも騎士という言葉すらよく分かっていなかったらしい姫様だけど。――私の言葉に、姫様は首を傾げた。ちょっと考えるような仕草をして、それから。

「……もう、あんな危ないことしない?」
「ええ。姫様が、そう仰るのなら」
「やくそくだよ?」
「ええ、約束です」

 私が頷くと、姫様は花が綻ぶような笑みを浮かべて。――その瞬間、私は自分の生まれ落ちた意味を知ったような気がした。

 守って差し上げようと思った。この方を、一生。
 騎士になりたいからとか、彼女が自分の理想のお姫様だからとか、そういうものではなく。ただ純粋に、この心優しき少女に、ずっとこのまま健やかであってほしいと思ったのだ。

 その後、このこともあって姫様との距離が縮んだのはいいけれど、仲が深まりにつれ姫様に意外とおてんばなところがあると知って(そもそもあの日窓から落ちたのも、勉強が嫌になってこっそり抜け出そうとしたかららしい。壁のとっかかりを使って隣の部屋まで逃げるんだとか。やけに手慣れてると思ったら初めてではないんだとか)彼女が私の思い描いていたおしとやかなお姫様とは異なっていたと思い知ることになるのだが、そんな所も余計に愛おしく思えて。
 ……まあ、そんな姫様のサボり癖には、長く泣かされることになるのだけど、それはまた別の話。



 姫様のお気に入りの紅茶に、カップは朝に相応しく爽やかなデザインのものを選りすぐって。
 姫様の部屋の前に立つ。隣にはファイ。――最初はやる気のなかったこいつだが、何故かある日から突然真面目になり、何だかんだと今も一緒に姫様のお付の騎士をやっている。正直姫様を一人締めできないので邪魔ではあるのだが、まあこいつ以外の奴と組まされるよりはマシかと思う。ファイの実力はそれなりに知っているし。姫様を守る術が一つでも多いに越したことはない。

 小さく咳払いをして、自分の服におかしなところがないかを簡単に確かめてから、私は扉をノックする。
 私の、ちょっぴりお寝坊さんな、可愛いお姫様。
 どうか今日も、貴方の傍に居ることを許されますように―――

「おはようございます、姫様。もう起きていらっしゃいますか?」


2018/03/15

半年間のナイツイショートボイス企画が完遂されたお祝いに書きました。memorandum of theirに入れようかと思っていたネタなのですが、幼少期ネタとか声とかどーすんねん? とセルフボツったやつです。
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